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Launceston 城

平面図
平面図

 

 ケンジー(Kensey)川に沿って建設された。コーンウオール(Cornwall)地方への路の要所にある。

 ノルマン征服時代に、サクソンSaxon)がエクセター(Exeter)で反抗した際、ウィリアム征服王(William the Conqueror)の義兄弟の初代コーンウォール伯(Earl of Cornwall)のロバート(Robert)が1086年に建造。城は1086年の土地台帳(Domesday-Book)に出ている。

 13世初頭に、ヘンリー3世の弟のリチャード(Richard)が石造化。石は付近で産した頁岩(ケツガン)を使用した。リチャードは町全体を城壁で囲み要塞化した。リチャードの死後エドワード1が近隣の錫の産地であるロストウィゼル(Lostwithil)に新たに町を造ったため、町全体が衰退。

 

 当初の建屋で現在残るのは貝型天Shell Keep)部分と内庭(Inner-Bailey)に面するゲイトハウス(Gatehouse)と外庭(Outer-Baileyに面する門(Barbican)など一部。


 1337年、エドワード3世の王太子(Black-Prince)時代の報告で、既に修復が必要な状態となっていた。1353年には王太子が訪問。
 1539年の記録では、大広間(Great Hall)には言及されているが他の建屋はなにも記載されていない。

 内乱(Civil-War)時代の1646年には、王側、議会側、と所有が変わったが、既に城の大部分は崩壊していた。1650年には広間も無くなっていた。北の門(Gate)は城代の建屋として使用されていたが、次いで牢として使われ1656年には、クウェイカー(Quaker)教の祖宗のジョージフォックス(George Fox)が拘束されていた。

 貝型天は自然の山の上に更にモット(Motte)を築き上げたため、かなり高い所に存在している。

 

 

 ローンストン城はその形から三重冠(Triple Crown)と言われる。
  – モットを石で覆った。
  – ノルマン時代の貝型天がモットの上に存在していた。
  – リチャードが貝型天の中に円柱形塔(Cylindorical Tower)を造った。

 なお、三重冠は法王の冠で、ヴァティカン(Vatican)市国の旗印は三重冠。
 周りのへこみから、外側のノルマン時代の貝型天との間に屋根を造っていたことが推測される。中心部は狭く、常時居住できる空間ではない。見張り兵士のための部屋。外門(Barbican)は2層の門であった。

 

関連URL

 

Launceston in North Cornwall (This is North Cornwall)

http://www.thisisnorthcornwall.com/launceston.html

 

Launceston (Cornwall Tour)

http://www.cornwalltour.co.uk/launceston.html

 

LAUNCESTON CASTLE (English Heritage)

http://www.english-heritage.org.uk/daysout/properties/launceston-castle/