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Totnes 城

平面図
平面図
 ダート(Dart)川の高台に建設された、デヴォン(Devon)のサクソン(Saxon)人の町の一つ。

 ウィリアム征服王(William the Conqueror)がサクソン人を征服したのちに、ジュディール(Judheel de Totnes)に町をえ、1068年頃、ここに城を造ったのが始めとされるジュディールはその後ウィリアム征服王に反抗し、敗れて城を失い、その後城は多くの領主の所有となった。

 1273、エドワード1世の時代にはズーチ(Zouche)家の城となるが、ズーチ家はイングランド中央を拠点とする貴族で、この城には居住しなかった
 典型的な、モットアンドベイリー(Motte and Bailey)様式の城で、建設当初は木造。現在の石造りの城はエドワード2城主のウィリアムに命じて改築させた結果である。貝型天守(Shell Keep)を、14世紀の段階で建造したのはとても考えにくい。既に貝型天守の時代は過ぎており、アナクロニズムの極致である

 1538年には廃墟となっていた1764年にソマセット(Somerset)公が購入し、1920年代には中庭はテニスコートになっていた。1984年に文化財認定された。

 円形の山がり、その山の上に建つ城壁の直径は21mあり、約100に相当する。その中に4m×4.9mの矩形の塔の跡が見られる。塔はその広さから十分な居住空間は確保されておらず、物見櫓だったと推測される。山の下には囲まれた中庭が見られる。

 外庭(Outer Bailey)教会がが、城と教会は町の中に共存している場合が多い。聖職者の拠り所が会であり、俗人の支配者の拠り所がであった
外庭を囲む城壁は残っていないが、その跡は現在環状の道路となっている。
 ノルマン時代の様子を描いた看板によると、ダート川に向かって町が開けていた様子が窺われるなお、山に登る石段は後世に設置したもの。

 城壁には胸壁が施され、一周できるだけの壁垣(Rampart)が確保されているが凹凸するなかで高くなっている部分を胸壁(Parapet)もしくはマーロン(Merlon)と言う。