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Raby 城

平面図
平面図
 デンマーク王のカヌート(Canute)王がイングランドを支配していた時代から建屋が存在した。その娘の家系で、イザベネヴィル(Isabera de Neville)と名乗っていたのが、ネヴィル(Neville)家の基になる。

 1378年になって初めて城建設の許可が出て、1380年代に現在の城のできた。ネヴィル家の中心となった城で、レイビー城のバラと言われたシシリー(Cecily)嬢はヨーク(York)公のリチャード(Richard)に嫁ぎ、その長男がエドワード4として王に即位した。
 1626年に市民のヘンリー(Sir Henry Vane)に売却され、その孫がバーナード(Lord Barnard)卿になり、現在のバーナード卿の祖母がネヴィル一族の出身ということで、ネヴィルと名乗っている。

 外壁の門をくぐり、駐車場から城の正門まで広大な敷地が広がる。正面のゲイトハウス(Gatehouse)には、落とし格子戸(Portcullis)があり、頂上に見張りの騎士の模造が載る。
 の裏手には池の様な水郷が巡らされている。水郷にはアヒルがおり、遠くには黒鹿と赤鹿が群れをなしいる。一部集中形式(Concentric)の城。