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London 塔

平面図1
平面図1
平面図2
平面図2
White Tower 詳細図
White Tower 詳細図
 ロンドン塔はドーヴァー(Dover)城と、1・2を争うイングランドの代表的な城。18エーカー(72,843㎡)の広さがあり、東京ドームの1.6倍に相当する。

 イングランドの歴代の国王は外国からの攻撃を恐れるより、国内の強力な家臣の反乱を恐れていた。ドーヴァー城が対外的な防御の城であるのに対し、ロンドン塔は見る者に威圧感を与えることを目的とした。そのため、開放的で広大なドーヴァー城と比べて、何倍もの緊張感を覚える。

 1066年にノルマン征服王ウィリアム(William)がロンドン到着後、ロチェスター(Rochester)司教の、ガンドルフ(Gundulf)に命じて城の建設を始めた。

 1078年にホワイトWhite Tower)の建設を開始し、1097年にウィリアム2世の時に完成。ホワイト塔は、矩形の城としてイングランドで最大の城。110m×120m高さが110mのほぼサイコロ状の城である。

 当初から石造の城で名前の由来となった白い石は、ノルマンジーのカン(Caen)から運んできた。塔の中央の中壁Cross Wall)で二つに分けられるが、2階に教会(Chapel)を造ったために、一部円形を含み完全な長方形ではない。
 歴代の王がロンドン塔の改築に携わっており、当初の敷地はほぼ半分の規模であったが、ヘンリー3世が東へ城壁を広げたために、ホワイト塔(White Tower)が中央に位置することになった。

 入口には半円形の門(Barbican)を建設したが、ライオンなどの動物を飼っていたためライオン門(Lion Gate)と称せられた。なお、1255年にはフランス王からヘンリー3世に象が贈られたので、象もた。
 12の側壁塔(Flanking Tower)を周囲に配置し、エドワード1世により典型的な集中(Concentric)様式の城になった。ホワイト塔の上の円錐形の屋根は17世紀に付けられた。

 当初のロンドン塔外堀はテムズ(Thames)川の水が引き入れられた水濠であったが、1843年にウェリントン(Wellingtonが水濠を埋め、現在の形になった。

 エドワード4はロンドン塔に長く住んだ最後の王。なお、ウェストミンスター(Westminster)教会での即位式に行く前にロンドン塔に宿泊する慣例はジェイムズ1世が最後となった
 ベル塔(Bell Tower)はリチャード1世時代の1190年代の建築で八角形。ロンドン塔の中でも番大きな塔で、エリザベス(Elizabeth)女王はここで暮らしていた。

 ロンドン塔の絶頂期はテューダー(Tudor)王朝とステュアート(Stuart)王朝時代で、王宮ではなく牢として活躍した。
 ヘンリー8世の大法官のトマスモア(Thomas More)はここに幽閉されていた。最近の例では、1941年にドイツ人、ルドルフ・ヘス(Rudolf Hess)が幽閉された。
 血の塔(Bloody Tower)にはウーターローリー(Walter Raleigh)が13年間幽閉されていた。
 緑の塔(Tower Green)は処刑場で、ここでヘンリー8世の2番目の妃のアンブーリン(Ann Boleyn)と、ジェイングレイJane Grey)が処刑された。

 聖ピーター教会(St Peter Chapel)には63人の死体が埋葬されているが、そのうち9体のみ首が切断されずに埋葬されている。

関連URL

 

Tower of London (Historic Royal Places)

http://www.hrp.org.uk/TowerOfLondon/

 

Tower of London Virtual Tour (Camelot International)

http://www.camelotintl.com/tower_site/tour/index.html

 

London: Tower of London Guide & Audio (iPhoneアプリ: AppStoreにて450円で発売)

http://itunes.apple.com/jp/app/london-tower-london-guide/id330005173?mt=8